東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)287号 判決 1984年9月27日
原告
三井石油化学工業株式会社
被告
特許庁長官
右当事者間の標記事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
特許庁が昭和52年審判第6000号事件について昭和56年9月24日にした審決を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 原告
主文同旨の判決
2 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第2請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和48年11月13日、名称を「積層物」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、当時特許を受ける権利を原告と共有していた訴外三井ポリケミカル株式会社と共同して特許出願(昭和48年特許願第126768号)をしたが、昭和52年2月23日拒絶査定があつたので、同年5月11日審判の請求をし、昭和52年審判6000号事件として審理され、昭和53年10月5日出願公告をされたところ、同年12月1日訴外昭和油化株式会社から異議の申立がなされ、昭和56年9月24日、右異議の申立は理由があるものとするとの決定とともに、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年10月21日原告に送達された。
その後、原告は、同年11月16日前記三井ポリケミカル株式会社から本願発明について特許を受ける権利の同社共有持分を譲受け、同月18日その旨被告に届出をした。
2 本願発明の要旨
酢酸ビニル単位を30モル%以上含有し、その酢酸エステル基が70モル%以上けん化された酢酸ビニル系重合体けん化物からなる樹脂層A及びオレフイン系重合体へ2モル%以下の2塩基性不飽和カルボン酸類をグラフト共重合させたグラフト共重合体からなる樹脂層Bを積層してなる積層物。
3 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
2 ところで、特開昭47―15486号公開特許公報(以下「第1引用例」という。)には、ポリアミド又は遊離アルコール基を有するポリマーと、右ポリアミド又は右ポリマーに結着している、0.1ないし100のメルトインデツクスを有しかつ0.5ないし20重量%の無水マレイン酸成分を含んでいるエチレンと無水マレイン酸のコポリマーとを含んでなる複合材料が記載され、右遊離アルコール基を有するポリマーは加水分解されたエチレン―酢酸ビニルコポリマーであつてもよい旨が記載されている。また、特開昭48―55270号公開特許公報(公開日・昭和48年8月3日。以下「第2引用例」という。)には、内外層が接着したポリオレフインとナイロンからなる複層のびんを中空成形法によつて製造するに当り、ポリオレフインとして不飽和多価カルボン酸、その無水物の少なくとも1種をグラフトした変性ポリオレフインを用いること、ポリオレフインへのグラフト・モノマーのグラフト量は10-4ないし3重量%の範囲内にあることが記載されている。
3 そこで、本願発明を第1引用例記載の発明と対比すると、両者は、エチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物からなる樹脂層A及びオレフイン―2塩基性不飽和カルボン酸共重合体からなる樹脂層Bを積層してなる積層物である点で軌を1にし、本願発明は、樹脂層Bであるオレフイン―2塩基性不飽和カルボン酸共重合体がオレフイン系重合体へ2モル%以下の2塩基性不飽和カルボン酸類をグラフト共重合させたグラフト共重合体からなるものである点で、第1引用例記載の発明とは相違する。
右相違点について検討するに、第2引用例には、ナイロンと、オレフイン系重合体へ2塩基性不飽和カルボン酸をグラフト共重合させたグラフト共重合体(本願発明のグラフト共重合体に包含される。)とからなる積層物が記載され、該積層物はその層間の接着が良好であることが記載されて本願発明の特許出願前公知に属するので、前記のナイロン又はエチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物とオレフイン―2塩基性不飽和カルボン酸共重合体とからなる公知の積層物において、前記ナイロンの積層と同様に、エチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物についても、オレフイン―2塩基性不飽和カルボン酸共重合体の代わりに、前記公知のオレフイン系重合体へ2塩基性不飽和カルボン酸をグラフト共重合させたグラフト共重合体を積層することを試みることは、当業者が適宜に行うことができる範囲のものと認められる。そして、エチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物の遊離のOH基とグラフト共重合体の酸基が存在することからみて、これらが結合することは十分に考えられるので、その積層物の層間の接着性が良好であつたとしても、そのことが特に予期しえないものとは認められない。
4 したがつて、本願発明は、前記各引用例の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
4 審決を取消すべき事由
本願発明の樹脂層Aが第1引用例記載の発明の第1層に、同じく樹脂層Bが第2引用例記載の発明の第2層に、それぞれ構成として包含されることは争わないが、本願発明の特徴である、樹脂層Aに樹脂層Bを積層する構成を採用することは、各引用例の記載からは容易に想到しえないし、また、本願発明は、右構成を採用することにより、層間接着性に優れた、ガス不透過性かつ熱融着性の積層物を得ることができたという各引用例記載の発明からは予測しえない格別の作用効果を奏するのに、審決は、次の1及び2のとおり、樹脂層Aに樹脂層Bを積層することに想到することの容易性の判断を誤り、かつ、本願発明の奏する右格別の作用効果を看過した結果、本願発明が各引用例の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたとしたものであつて、違法であるから、取消されねばならない。
1 (樹脂層Aに樹脂層Bを積層することに想到することの容易性の判断の誤り)
本願発明における樹脂層Aに対する樹脂層Bの接着性が優れていることは、各引用例に開示ないし示唆するところはないから、審決が、第1引用例の積層物において、「前記ナイロンの積層と同様に、エチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物についても、オレフイン―2塩基性不飽和カルボン酸共重合体の代わりに、前記公知のオレフイン系重合体へ2塩基性不飽和カルボン酸をグラフト共重合させたグラフト共重合体を積層することを試みることは、当業者が適宜に行うことができる範囲のものと認められる。」としたのは、誤りである。
(1) 本願発明の樹脂層Aのような酢酸ビニル系重合体けん化物、例えば比較的少量のエチレンを含有するエチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物は、ガス透過率が小さいので食品包装用のフイルムあるいは容器として適しているが、熱融着することができないので、この欠点を補うため、従来、熱融着性のあるポリエチレンのフイルムを積層し、ガス不透過性と熱融着性を兼ね備えた積層物として食品包装用等に使用していた。ただ、この従来の積層物においては、エチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物の層とポリエチレンの層の相互の接着性が悪いので、積層の際、接着剤を使用するか、あるいはポリエチレンフイルム表面にコロナ放電その他の方法による表面活性化処理を施すことが必要であつた。この積層方法は積層物製造上の重大な制約となつており、しかも満足すべき品質の製品は得られなかつた。
本願発明は、酢酸ビニル系重合体けん化物(樹脂層A)に積層して熱融着性を与える樹脂層として、右従来の積層物におけるポリエチレンに代えて、オレフイン系重合体へ2モル%以下の2塩基性不飽和カルボン酸をグラフト共重合させたグラフト共重合体からなる層(樹脂層B)を用いることによつて、右従来の積層物のように接着剤の使用も表面活性化処理も必要とすることなく、両層(樹脂層A及び樹脂層B)間の接着性の優れた、ガス不透過性かつ熱融着性の積層物を得ることに成功したことに特徴がある。
(2) しかして、第1引用例の第2層は、エチレン―無水マレイン酸非グラフト共重合体であるのに対し、本願発明の樹脂層Bは、オレフイン系重合体(例えばポリエチレン)に2モル%以下の2塩基性不飽和カルボン酸(例えば無水マレイン酸)をグラフト共重合させたグラフト共重合体であつて、両者は明らかに相違している。
確かに、第2引用例には、審決認定のとおり、第1層としてのナイロンと、第2層としての、本願発明の樹脂層Bを構成として包含するオレフイン系重合体へ2塩基性不飽和カルボン酸をグラフト共重合させたグラフト共重合体とからなる積層物が記載され、その層間接着性が良好であることが記載されているが、そこには、オレフイン系重合体に不飽和多価カルボン酸をグラフト共重合させること(すなわち本願発明の樹脂層B)により、ナイロンに対すると同様に、エチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物(樹脂層A)に対する接着性が改善されること、すなわち、樹脂層Aに対する樹脂層Bの接着性が優れていることを開示ないし示唆する記載は存しないし、もちろん、第1引用例にもかかる記載は存しない。
したがつて、本願発明の特徴である、樹脂層Aに樹脂層Bを積層する構成を採用することは、各引用例の記載からは容易に想到しえない。
(3) 被告が、被告の答弁及び主張2―1(1)において、樹脂層Aに樹脂層Bを積層することを試みることに格別の困難はないとした審決の判断に誤りはないとする論拠は、以下のとおり理由のないものである。
(1) その①(イ)について、第1引用例には、エチレン―無水マレイン酸共重合体が、エチレン―酢酸ビニル共重合体に比して、ポリビニルアルコールとの接着性において格別改善されたことが記載されているとはいえない。すなわち、第1引用例の表によれば、ナイロンに対する接着強度は、エチレン―酢酸ビニル共重合体が2450ないし2750(単位は10-4dyne/25mm。以下、この項において同じ。)であるのに対し、エチレン―無水マレイン酸共重合体は4650ないし5050であつて、エチレン―酢酸ビニル共重合体に比してエチレン―無水マレイン酸共重合体によるナイロンに対する接着性の改善は極めて顕著であるが、ポリビニルアルコール(本願発明の樹脂層A)に対する接着強度は、エチレン―酢酸ビニル共重合体が約2000であるのに対し、エチレン―無水マレイン酸共重合体は2500ないし3500であつて、その改善の程度は極めて低く、ナイロンに対する接着性の改善に比してはるかに劣ることが明らかである。このような、エチレン―無水マレイン酸共重合体の、ナイロンに対する接着強度とポリビニルアルコールに対する接着強度の相違は、単なる程度の差を超えた本質的な相違というべきであるから、オレフイン―2塩基性不飽和カルボン酸共重合体がナイロン及びポリビニルアルコールに対して同等の挙動を示すものであるということは到底できない。
(2) その①(ロ)について、共重合体は、その共重合体を構成する異種構造単位の配列によつて、交互、ランダム、ブロツク、グラフトの各共重合体に分類され、このうち普通の意味で共重合体といえば交互共重合体及びランダム共重合体を指すものである(甲第9号証、第10号証)から、単に共重合体という場合は、特定的に交互共重合体又はランダム共重合体を指すか、包括的に共重合体全般を指すのであつて、グラフト共重合体を指すことはない。特定的にグラフト共重合体を指す場合は、当然「グラフト共重合体」と表示される。
そして、製法についてみると、2種の単量体を混合して重合反応を行つた場合には、交互共重合体又はランダム共重合体が得られるのであつて、グラフト共重合体を得るには特別の製法を必要とする(後記(3)(ⅱ)参照)から、単に共重合体といえば、当業者は、これを交互共重合体又はランダム共重合体と理解するのが通常である。もし、グラフト共重合体に考えが及ぶとすれば、それは何らかの特別の原因、理由のある場合であるが、第1引用例には、そのような特別の原因、理由は何も記載されていない。
したがつて、第1引用例のエチレン―無水マレイン酸共重合体という記載から、特定的にそのグラフト共重合体(樹脂層B)に考えが及ぶとする被告の主張は誤りである。
なお、第1引用例のエチレン―無水マレイン酸共重合体は、グラフト共重合体でないことはもちろんであるが、更にいえば、それは、第1引用例記載の発明の特許出願人及び発明者の1人を同じくする他の特許出願の明細書(甲第14号証)の記載(第1引用例のエチレン―無水マレイン酸共重合体と、無水マレイン酸単位含有量及びメルトインデツクスを同じくするエチレン―無水マレイン酸共重合体を用いることが記載され、これがランダム共重合体(統計的共重合体)であることが明記されている。)に徴し、ランダム共重合体と考えるのが妥当である。
(3) そもそも、被告の①から③に至る論理構成自体、飛躍があり、誤つている。
(ⅰ) エチレン―無水マレイン酸共重合体(a)が、ナイロン(b)及びポリビニルアルコール(c)に対し同等の接着性(ただし、実際には、前記(1)のとおり著しい差があるが)を示し(①(イ):第1引用例)、本願発明の樹脂層Bすなわちポリエチレンに無水マレイン酸をグラフト共重合させたグラフト共重合体(以下、「エチレン―無水マレイン酸グラフト共重合体」という。)(d)がナイロン(b)に対し優れた接着性を示した(②:第2引用例)からといつて、dがcに対しbに対すると同等の接着性を示すという保証はない(全く不明であつて、何らの予測もできない)から、①(イ)及び②から、dのcに対する接着性の優れていることは容易に予測できるとして、直ちに③の結論を導くのは論理に飛躍がある。
元来、積層物における層間接着性は、各層を形成している重合体相互の組合せによつて著しく異なるものであり、重合体L1の層が重合体L2の層及び重合体L3の層に対し同等の優れた接着性を示したからといつて、重合体L4の層がL2の層及びL3の層に対し同等の優れた接着性を示すかどうかは、全く予期できないのである。
(ⅱ) このことは、甲第8号証の示す次の事実からも明らかである。
すなわち、同号証によれば、例えば、低密度ポリエチレン(a')は、アイオノマー(b')及びエチレン―酢酸ビニル共重合体(c')に対し非常に良好な接着性を示し、そして、ナイロン(d')は、アイオノマー(b')に対して非常に良好な接着性を示すとされているから、被告主張の論理に従えば、当然、d'はc'に対しb'に対すると同等の非常に良好な接着性を示すはずであるのに、実際は、ナイロン(d')とエチレン―酢酸ビニル共重合体(c')の接着性は劣るものである。
(ⅲ) 被告は、甲第8号証における低密度ポリエチレン(a')とナイロン(d')とは極めて類似性の乏しい重合体であるのに対し、本件で問題となつているエチレン―無水マレイン酸共重合体(a)とエチレン―無水マレイン酸グラフト共重合体(d)とは、非グラフト共重合体であるかグラフト共重合体であるかの点で相違するだけの極めて類似した樹脂であるから、同号証の例と本件の場合とを同列に論ずることはできない旨主張する。
しかしながら、一般に、共重合しうる2種の単量体の通常の共重合体(交互共重合体又はランダム共重合体。本件におけるエチレン―無水マレイン酸共重合体(a))と、一方の単量体の重合体に他方の単量体をグラフト共重合させたグラフト共重合体(本件におけるエチレン―無水マレイン酸グラフト共重合体(d))とは、その製法、化学構造、物性等において明白に相違するものであり、これらを相互に類似した樹脂であるということはできないから、被告の右主張は失当である。
すなわち、製法についてみれば、エチレン―無水マレイン酸共重合体は、単量体状のエチレンと無水マレイン酸を反応器中で重合させることによつて得られる(例えば甲第12号証)のに対し、エチレン―無水マレイン酸グラフト共重合体は、既に重合されたポリエチレンの存在下に無水マレイン酸を反応させることによつて得られる(例えば第2引用例)。両者は、化学構造が全く異なることはいうまでもなく、また、エチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物に対する接着性も全く異にし(本願発明の明細書第6表)、前者がポリエチレンと同様の機械的特性を有するのに対し、後者においては弾性、押出成形性等が損われる(甲第13号証)など、物性においても著しく異なるものである。
2 (本願発明の奏する格別の作用効果の看過)
本願発明は、従来のこの種の積層物に比べ格段に優れた層間接着性を有するという、各引用例記載の発明からは予測しえない格別の作用効果を奏するものであるから、審決が、この点を看過して、本願発明の「積層物の層間の接着性が良好であつたとしても、そのことが特に予期しえないものとは認められない。」としたのは誤りである。
(1)(1) 本願発明の積層物の格段に優れた層間接着性を、明細書の第1表、第4表、第6表によりみると、次のとおりである。
(ⅰ) 第1表は、本願発明の実施例1、比較例1(樹脂層Bのグラフト単量体をグリシジルメタクリレートとしたもの)、比較例2(樹脂層Bのオレフイン系重合体に何も共重合させていないもの)の各積層フイルムの層間接着強度を対比したものであるが、これによると、実施例1は、比較例1の6倍、比較例2の60倍の接着強度を有する。
(ⅱ) 第4表は、本願発明の実施例8、比較例10(樹脂層Bのグラフト単量体をグリシジルメタクリレートとしたもの)、比較例11(同じくアクリル酸としたもの)の各積層フイルムの層間接着強度を対比したものであるが、これによると、実施例8は、比較例10の4倍、比較例11の約7倍の接着強度を有する。
(ⅲ) 第6表には、実施例10(樹脂層Bが高密度ポリエチレンへ無水マレイン酸をグラフト共重合させたものからなるもの)と比較例14(実施例10においてグラフト単量体をアクリル酸としたもの)、実施例11(樹脂層Bが、実施例10のものと低密度ポリエチレンとのブレンド体からなるもの)と比較例15(実施例11においてグラフト単量体をアクリル酸としたもの)の各積層びんの層間接着強度を対比した結果が示されているが、これによると、実施例10は比較例14の2倍の、実施例11は比較例15の約1.8倍の接着強度を有する。
第6表には、また、比較例16及び比較例17(いずれも、第2層が、エチレン―無水マレイン酸共重合体と低密度ポリエチレンとのブレンド体からなるものであつて、酸含有量を、比較例16は実施例11に、比較例17は実施例10に各近似させたもの)の各積層びんの接着強度も示されているが、これによると、実施例10は比較例17の80倍、実施例11は比較例16の130倍の接着強度を有する。これらは、本願発明と第1引用例の各積層物の層間接着強度を直接比較するものではないとしても、樹脂層Aに対する接着強度について、樹脂層Bがエチレン―無水マレイン酸共重合体に比してはるかに大きい接着強度を有するものであることを証明するものである。特に、実施例11と比較例16は、第2層の酸含有共重合体がグラフト共重合体であるか共重合体であるかの点で相違するだけで(ただし、この点の相違に由来して、両者は、製法、化学構造、物性等を著しく異にする全く別個の重合体であることは、前記1(3)(3)(ⅲ)のとおりである。)、他の点はほぼ等しいといつてよいほど近似しているものということができ、樹脂層Bがエチレン―無水マレイン酸共重合体を第2層とするものに比して著しく優れた作用効果を奏するものであることを示すに適した実施例及び比較例である。
以上のとおり、本願発明は、樹脂層Bの変性オレフイン系重合体がグラフト共重合体であること及びそのグラフト単量体が2塩基性不飽和カルボン酸であることの双方を必須の要件とするものであり、これにより、右のいずれか一方を満たさない変性オレフイン系重合体、例えば、エチレン―無水マレイン酸共重合体(非グラフト共重合体)あるいはグラフト単量体がアクリル酸のような1塩基性カルボン酸であるものを第2層とするものに比べ格段に優れた層間接着性を収めたものである。
(2) 更に、甲第16号証の実験報告書は、第1引用例記載の発明との比較において本願発明が格別の作用効果を奏するものであること、すなわち、本願発明の樹脂層Bが第1引用例の第2層であるエチレン―無水マレイン酸共重合体と比べて樹脂層Aに対する接着強度において格段に優れていることを直接証明するものである。
同号証の実験は、無水マレイン酸グラフトエチレン―エチルアクリレート共重合体(樹脂層Bに対応する。)と、エチレン―無水マレイン酸―エチルアクリレート3元ランダム共重合体(無水マレイン酸単位含有量3.5重量%、エチルアクリレート単位含有量8.5重量%、MFR7.0g/10分。第1引用例の第2層に対応する。)の、樹脂層A(エチレン―ビニルアルコール共重合体)に対する接着強度を比較したものであるが、これによると、前者は後者の約13倍の、樹脂層Aに対する接着強度を有することが明らかである。
もつとも、本願発明の樹脂層Bに対応する前者の試料及び第1引用例の第2層に対応する後者の試料は、いずれも、エチレン―無水マレイン酸の外にエチルアクリレートを含有する3元共重合体ではあるが(エチレン―無水マレイン酸の2元共重合体は入手できなかつたことによる。)、エチレン―エチルアクリレート共重合体を空試料として試験した結果では、これは、ポリエチレンと同様にエチレン―ビニルアルコール共重合体に対し全く接着性を示さなかつたので、右前者及び後者の試料中の各エチルアクリレート成分は、エチレン―ビニルアルコール共重合体に対する接着性に何ら影響しないと考えてよいから、右実験は、樹脂層Bと第1引用例の第2層を試料とする比較実験と同等であるということができるものである。
(2) 審決は、本願発明の「積層物の層間の接着性が良好であつたとしても、そのことが特に予期しえないものとは認められない」とする理由として、「エチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物の遊離のOH基とグラフト共重合体の酸基が存在することからみて、これらが結合することは十分に考えられる」ことを挙げるが、本願発明の奏する優れた作用効果は、樹脂層AにOH基が、樹脂層Bに酸基が存在するというようなことから予測できるものではない。
(1) 審決は、樹脂層Aの遊離のOH基と樹脂層Bの酸基が結合することは十分に考えられるとするが、重合体フイルムをヒートシーラーあるいは2層インフレーシヨン等の方法により積層する場合、各層フイルムの接触面間でOH基と酸基が化学反応(エステル化反応)する可能性は一般に極めて少ないと考えられ、実際、本願発明の場合、樹脂層AのOH基と樹脂層Bの酸基はほとんど反応しない。
(2) また、同じようにOH基を有する重合体の層とCO基を有する重合体の層の間の接着であつても、それらの層を形成する重合体の種類いかんによつて、その接着性は著しく異なるものである。
例えば、本願発明の明細書第6表によれば、本願発明の樹脂層Aに対する実施例11、比較例15、同16、同18、同19、同21の各第2層の接着強度は、すべての例において樹脂層AはOH基、第2層は酸基を有する(酸の含有量もほぼ同じである。)にもかかわらず、実施例11の1300g/cmから比較例18、同21の0g/cmに至るまで、著しく異なつている。
また、甲第11号証の表1によれば、OH基を有するエチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物の層に対する接着強度は、エチレン―アクリル酸エチル共重合体の層では、CO基を有するにもかかわらず非常に小さく、極性基を有しない低密度ポリエチレンの場合と同じである。そして、CO基を有するエチレン―酢酸ビニル共重合体及びアイオノマー樹脂ではかなり大きく、CO基とOH基を有するエチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物では格段に大きい。
更に、甲第8号証によれば、エチレン―酢酸ビニル共重合体の実質上完全けん化物を中間層とし、高密度ポリエチレンを内層及び外層とする2種3層構成の積層びんの各層間に、アクリル酸、マレイン酸又は無水マレイン酸の各一定量をそれぞれグラフト共重合させた高密度ポリエチレンを接着剤として介在させた場合の接着強度は、グラフト共重合させる酸によつて著しい相違のあることが認められる。
(3) 被告が、OH基を有する重合体の層とCO基を有する重合体の層の間の接着であつても、それらの層を形成する重合体の種類いかんによつて、その接着性が異なることを認める(後記被告の答弁及び主張22(2))以上、このことは、極性基による接着の理論に基いてある2層の重合体層間の接着性から他の2層の重合体層間の接着性を予測することはできないことを認めたことに外ならない。しかるに、被告が、エチレン―無水マレイン酸グラフト共重合体がナイロンとの関係で良好な層間接着性(NH基とCO基間の結合)を有することから、これとは組合せの異なるポリビニルアルコールとの関係でもナイロンの場合と同様に接着性が改善されるであろうと予測できるとするのは、矛盾がある。
(3) 被告は、本願発明の樹脂層Bは、第2引用例のナイロンとの積層物として本願発明の特許出願前から公知であり、たとえ、OH基を有するポリビニルアルコールに対し優れた接着性を有するとしても、それは、樹脂層B自体の性質に基因するものであるから、容易に予測できる旨主張するが、前記1(3)(3)のとおり、積層物の層間接着性は、各層を形成している重合体相互の組合せによつて著しく異なるものであるから、右主張は失当である。甲第8号証の表2によれば、アイオノマーは、ナイロンに対し非常に良好な接着性を示すものであるから、右被告主張の論理に従えば、これは、アイオノマー自体の有する性質に基因するものであるので、その性質に基因してポリエステルに対しても非常に良好な接着性を示すはずであるが、同表によれば、その接着性は劣るものである。この点、被告は、ポリエステルは本件と何ら関係のない重合体であるから、ポリエステルを例示しての主張は失当である旨主張するが、原告の指摘するところは、被告の主張の論理構成自体の誤りであつて、ポリエステルがナイロン、ポリビニルアルコールと別個の重合体であるというようなことは問題ではない。
そもそも、第2引用例には、樹脂層Bとナイロンの層とからなる積層物について記載されているだけで、ナイロン以外の層に対する樹脂層Bの接着性に関しては何らの記載も示唆もないのである(前記1(2)参照)から、かかる第2引用例の記載のみに基いて樹脂層Bの樹脂層Aに対する接着性を推論できるはずがない。
第3被告の答弁及び主張
1 請求の原因1ないし3の各事実は認める。
2 請求の原因4の審決の取消事由についての主張は争う。審決には、原告主張の違法の点は存しない。
1 (樹脂層Aに樹脂層Bを積層することに想到することの容易性)
エチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物(樹脂層A)にオレフイン系重合体へ2塩基性不飽和カルボン酸をグラフト共重合させたグラフト共重合体(樹脂層B)を積層することを試みることは当業者が適宜に行うことができる範囲のものとした審決の判断に誤りはない。
(1) 次の①ないし③のとおり、樹脂層Aに樹脂層Bを積層することを試みることに格別の困難はない。
①(イ) 第1引用例には、オレフイン―2塩基性不飽和カルボン酸共重合体の典型であるエチレン―無水マレイン酸共重合体が、エチレン―酢酸ビニル共重合体に比して、ナイロン及びポリビニルアルコール(樹脂層A)との接着性において、程度の差はあつても、改善されたことが記載されているから、オレフイン―2塩基性不飽和カルボン酸共重合体がナイロン及びポリビニルアルコール(樹脂層A)に対して同等の挙動を示すものであるということができる。
(ロ) そして、共重合体には、交互、ランダム、ブロツク、グラフトの各共重合体があり、第1引用例のように単に共重合体と記載されている場合は、通常これら4種の共重合体が何ら困難性なく同時に想起されるから、第1引用例記載のエチレン―無水マレイン酸共重合体が、グラフト共重合体ではないとしても、それから当然そのグラフト共重合体(樹脂層B)にも考えが及ぶものである。
② 一方、第2引用例には、ナイロンと本願発明の樹脂層B(不飽和多価カルボン酸無水物単量体を10-4ないし3重量%の範囲内でグラフト共重合させた変性ポリオレフイン)とからなる積層物は優れた接着性を有するものであることが記載され、その不飽和多価カルボン酸無水物単量体の例として無水マレイン酸等が、また、そのポリオレフインの例としてポリエチレン等が示されている。
③ したがつて、第1引用例の積層物において、ナイロン及びポリビニルアルコール(樹脂層A)に対して同等の挙動を示すオレフイン―2塩基性不飽和カルボン酸共重合体に代えて、同じくナイロンに対して接着性良好なそのグラフト共重合体(樹脂層Bすなわち第2引用例の第2層)をポリビニルアルコール(樹脂層A)に積層することを試みることに格別の困難はない。
(2)(1) 右(1)の①(イ)について、原告はこれを否定するが、第1引用例の表によれば、エチレン―無水マレイン酸共重合体が、エチレン―酢酸ビニル共重合体に比して、ポリビニルアルコールとの接着性においても改善されたといえるし、オレフイン―2塩基性不飽和カルボン酸共重合体がナイロン及びポリビニルアルコールに対して同等の挙動を示すものであるということができる。
すなわち、第1引用例の表によれば、エチレン―無水マレイン酸共重合体が、ナイロンに対してと同様にポリビニルアルコールに対しても接着性を有する(ナイロンに対する接着強度の方がポリビニルアルコールに対する接着強度より大ではあるが。)ものであることは明らかであり、そして、ナイロン又はポリビニルアルコールに対する接着強度は、エチレン―酢酸ビニル共重合体に代えてエチレン―無水マレイン酸共重合体を用いることにより、ナイロンに対して1.69ないし2.06倍、ポリビニルアルコールに対して1.25ないし1.75倍となつており、エチレン―無水マレイン酸共重合体がエチレン―酢酸ビニル共重合体に比してポリビニルアルコールとの接着性においても改善されたということができ、その接着強度の増加割合(1.25ないし1.75倍)もナイロンに対する接着強度の増加割合(1.69ないし2.06倍)の中に含まれるものがあるから、単なる程度の差であるとして差支えない。
(2) ①(ロ)について、原告援用の甲第9号証によつても、共重合体といえば、普通の意味での共重合体(交互共重合体及びランダム共重合体)のみならず、グラフト共重合体も必らず含まれるものであるから、単に共重合体という場合に、包括的に共重合体全般を指すとしても、共重合体にグラフト共重合体が包含される以上、グラフト共重合体に考えが及ぶことは明らかである。
そして、グラフト共重合体は製法がなく入手できないというのであればともかく、原告主張のように特別の製法を必要とするという理由では、単に共重合体といえば、当業者はこれを交互共重合体又はランダム共重合体と理解するのが通常であるとすることはできない。
(3) 原告は、右(1)における①から③に至る論理構成自体、飛躍があり、誤つているとして、甲第8号証を援用するが、同号証における低密度ポリエチレン(a')とナイロン(d')は、樹脂という点では共通するものの、同系列、同族に属するものではなく、極めて類似性の乏しい重合体であるのに対し、本件で問題となつている第1引用例の第2層たるエチレン―無水マレイン酸共重合体(a)と第2引用例の第2層(樹脂層B)たるエチレン―無水マレイン酸グラフト共重合体(d)とは、ともにポリエチレンをその主成分とする樹脂であり、かつ、そのポリエチレンの接着性を改善すべくごく少量の無水マレイン酸により共重合変性された、遊離の無水マレイン酸基をもつ共重合体であつて、その変性材料である無水マレイン酸の使用量も重複するものであるという点で一致し、ただ、無水マレイン酸による共重合変性の態様が非グラフト共重合体かグラフト共重合体であるかの点で相違するだけの、同系列、同族に属する極めて類似した樹脂であり、しかも、ともにナイロンとの層間接着性を向上させるという共通の目的を達成するために使用されているものであるから、甲第8号証の例を本件の場合と同列に論ずることはできない。また、同号証におけるアイオノマー(b')とエチレン―酢酸ビニル共重合体(c')の関係と、本件のナイロン(b)とポリビニルアルコール(c)の関係とは、明らかに相違する。
2 (本願発明の奏する作用効果)
本願発明の「積層物の層間の接着性が良好であつたとしても、そのことが特に予期しえないものとは認められない。」とした審決の判断に誤りはない。
(1)(1) 原告主張の明細書第6表における実施例11と比較例16の比較は、あくまで、エチレン―無水マレイン酸グラフト共重合体(グラフト量0.57モル%)と、エチレン―無水マレイン酸共重合体(無水マレイン酸含有量49.5モル%)との比較であつて、第1引用例のエチレン―無水マレイン酸共重合体(無水マレイン酸含有量0.5ないし20重量%)との比較ではない。そして、第1引用例に、「0.5~20重量%の無水マレイン酸とのコポリマーとを含んでなる複合材料は、特に有用な性質を有する」(第1頁右欄第12行ないし第15行)と記載されているように、そのエチレン―無水マレイン酸共重合体における無水マレイン酸の含有量は重要な意味を有するものであるから、この限定を無視することはできない。また、比較例16及び比較例17の各第2層は、エチレン―無水マレイン酸共重合体(無水マレイン酸含有量49.5モル%)と低密度ポリエチレンのブレンド体であり、また成分比においても第1引用例のものと相違する。
(2) 甲第16号証における実験は、第2層として、本願発明の樹脂層B(エチレン―無水マレイン酸グラフト共重合体)及び第1引用例のエチレン―無水マレイン酸共重合体とは異なる試料を用いたものであるから、証拠価値がない。
(2) OH基を有する重合体の層とCO基を有する重合体の層の間の接着であつても、それらの層を形成する重合体の種類いかんによつて、その接着性が異なることは、原告主張(請求の原因2(2)(2))のとおりであるが、接着において、極性基を有するものの接着の基本的な力は2次結合であり、OH基、COOH基(酸基)、NH2基を有する化合物では同種の基同志あるいはOH基とCO基間、NH基とCO基間に起こりうる水素結合により、非常に強固に接着することはよく知られている(乙第1号証)ので、第2引用例の積層物において、第2層のエチレン―無水マレイン酸グラフト共重合体が、第1層のNH基を有するナイコンに対して良好な層間接着性(NH基とCO基間の結合が考えられる。)を有することが知られている以上、たとえ、化学反応(エステル化反応)は起こさなくても、右極性基を有するものの接着の基本的な理論からすれば、OH基を有するポリビニルアルコールに対しても、ナイロンに対する場合と同様に接着性が改善されるであろうことは予測できるといわなければならない。
したがつて、OH基を有する重合体の層とCO基を有する重合体の層の間の接着であつても、それらの層を形成する重合体の種類いかんによつて、その接着性が異なる(接着性の度合に強弱がある)からといって、原告主張のようにある2層の重合体層間の接着性から他の2層の重合体層間の接着性を予測することはできない、ということにはならない。
本件の場合のように、第1引用例の第2層であるエチレン―無水マレイン酸共重合体と第2引用例の第2層であるエチレン―無水マレイン酸グラフト共重合体とは、前記1(2)(3)のとおり、極めて類似したものであるうえに、ナイロンとの層間接着性の改善という共通の目的で使用されるものであるが故に、第2引用例のエチレン―無水マレイン酸グラフト共重合体が、ナイロンに対して優れた層間接着性を有するという事実が確認されている以上、ポリビニルアルコールに対しても同様に優れた層間接着性を得られるであろうと予測できるのである。
(3) また、本願発明の樹脂層Bは、第2引用例のナイロンとの積層物として本願発明の特許出願前から公知であり、たとえ、OH基を有するポリビニルアルコールに対する接着性において、他のカルボキシル基含有の重合体に比して優れているとしても、それは、樹脂層Bの、NH基を有するナイロンに対する接着性においても同様であると解され、その接着強度が大きいのは樹脂層B自体の性質(構造等を含む。)に基因するものであるから、容易に予測できるものである。
この点、原告は、甲第8号証の表2により、アイオノマーの、ナイロン及びポリエステルに対する接着性を挙げて主張するが、本件においては、ナイロン及びポリビニルアルコールを問題としているのであり、ポリエステルは本件と何ら関係のない重合体であるから、ポリエステルを例示しての主張は失当である。
第4証拠関係
証拠関係は、本件訴訟記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
1 請求の原因1ないし3の各事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の審決の取消事由について判断する。
成立に争いのない甲第4号証(本願発明の特許公報)及び弁論の全趣旨によれば、本願発明は、エチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物などの酢酸ビニル系重合体けん化物からなる樹脂層を含む食品包装用のフイルムや容器などとして有用な積層物に関するものであつて、従来、ガス透過率が小さいので食品包装用フイルムなどとして使用するのに適しているエチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物からなるフイルムは、熱融着することができないため、これに熱融着性のあるポリエチレンのフイルムを積層したものが実際に食品包装用フイルムとして使用されていたが、これは、エチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物とポリエチレンの相互の接着性が悪く、積層の際に接着剤を使用したりポリエチレンフイルムの表面にコロナ放電その他の表面活性化処理を施す必要があるという欠点があつたことに鑑み、オレフイン系重合体へ2モル%以下の2塩基性不飽和カルボン酸をグラフト共重合させたグラフト共重合体からなる樹脂層Bがエチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物の層(酢酸ビニル単位を30モル%以上含有し、その酢酸エステル基が70モル%以上けん化された酢酸ビニル系重合体けん化物からなる樹脂層A)との接着性に優れていることを見出し、前記争いのない本願発明の要旨(請求の原因2)記載のとおり、樹脂層Aに積層して熱融着性を与える樹脂層として、右従来の積層物におけるポリエチレンに代えて、樹脂層Bを用いたことを特徴とするものであることが認められる。
しかして、本願発明の樹脂層Aが第1引用例記載の発明の第1層に、同じく樹脂層Bが第2引用例記載の発明の第2層に、それぞれ構成として包含されることは、原告も認めて争わないところ、原告は、本願発明は、樹脂層Aに樹脂層Bを積層することにより、従来のこの種の積層物に比べ格段に優れた層間接着性を有するという、各引用例からは予測しえない格別の作用効果を奏するものであるから、審決が、この点を看過して、本願発明の「積層物の層間の接着性が良好であつたとしても、そのことが特に予期しえないものとは認められない。」としたのは誤りであり、審決は違法として取消されねばならない旨主張するので、以下この点について判断する。
1 成立に争いのない甲第1号証によれば、第1引用例には、審決認定のとおり、ポリアミド(ナイロンが例示されている。)又は遊離アルコール基を有する重合体(加水分解されたエチレン―酢酸ビニル共重合体が例示されている。)に、0.1ないし100のメルトインデツクスを有しかつ0.5ないし20重量%の無水マレイン酸成分を含むエチレン―無水マレイン酸共重合体を結着した複合材料が記載され、エチレン―無水マレイン酸共重合体がナイロン及びポリビニルアルコールに対して接着性を有する(程度の差はあるが。)ことが示されていることが認められる。なお、成立に争いのない甲第9号証、第10号証によれば、共重合体には、交互、ランダム、ブロツク、グラフトの各共重合体があるが、2種の単量体を普通に混合して重合反応を行うと、非グラフト共重合体である交互共重合体又はランダム共重合体が生成される(ブロツク共重合体及びグラフト共重合体の生成には、特別の合成法が必要である。)のであつて、通常、単に「共重合体」といえば、交互共重合体又はランダム共重合体を指すものであること、前掲甲第1号証によれば、第1引用例には、単に「エチレンと無水マレイン酸とのコポリマー」とだけ記載されていて、これが特別の共重合体であることを示す記載は存しないこと、成立に争いのない甲第14号証によれば、第1引用例記載の発明と特許出願人及び発明者を同じくする他の特許出願の明細書(特開昭49―5199号公開特許公報)に、第1引用例のエチレン―無水マレイン酸共重合体と無水マレイン酸単位含有量(0.5ないし20重量%)及びメルトインデツクス(0.1ないし100)を同じくするエチレン―無水マレイン酸共重合体を用いたプラスチツク生成物の製造方法に関する発明が記載され、右エチレン―無水マレイン酸共重合体が統計的コポリマー(成立に争いのない甲第15号証により、これは、ランダム共重合体を意味することが認められる。)であることが明記されていること、がそれぞれ認められ、これに弁論の全趣旨を総合すれば、第1引用例のエチレン―無水マレイン酸共重合体は、非グラフト共重合体であることはもちろんであるが、そのうちのランダム共重合体であるものと認められる。
2 しかして、成立に争いのない甲第16号証(長野理一郎作成の実験報告書)によれば、エチレン―エチルアクリレートランダム共重合体(エチルアクリレート単位含有量9.0重量%)に無水マレイン酸をグラフト共重合させたグラフト共重合体(無水マレイン酸単位含有量0.9重量%)と、エチレン―無水マレイン酸―エチルアクリレート(3元)ランダム共重合体(エチルアクリレート単位含有量8.5重量%、無水マレイン酸単位含有量3.5重量%)の各シートを、それぞれ、樹脂層A(ビニルアルコール単位含有量70モル%のエチレン―ビニルアルコール共重合体すなわちエチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物)のシートに積層した場合における剥離強度(すなわち接着強度)を比較した実験の結果によると、エチレン―エチルアクリレートランダム共重合体の無水マレイン酸グラフト共重合体については1365g/cm、エチレン―無水マレイン酸―エチルアクリレートランダム共重合体については105g/cmであることが認められ、これによれば、無水マレイン酸をグラフト共重合させた前者の共重合体(本願発明の樹脂層Bに対応する。)は、無水マレイン酸をランダムに共重合させた後者の共重合体(第1引用例の第2層に対応する。)と比較して、樹脂層A(第1引用例の第1層)に対する接着強度が格段に優れているということができる。
もつとも、右実験において使用された前者及び後者の各共重合体は、構成成分としてエチルアクリレート単位を含む点で厳密には本願発明の樹脂層B及び第1引用例の第2層そのものとは異なるけれども、両者におけるエチルアクリレート単位含有量は比較的少なく、そして、同号証によれば、無水マレイン酸単位を含まないエチレン―エチルアクリレートランダム共重合体(エチルアクリレート単位含有量9.0重量%)を空試料として右両者と同様に樹脂層Aとの接着強度を試験した結果は、接着強度0g/cmであつて、つまり、右エチレン―エチルアクリレートランダム共重合体は樹脂層Aに対し全く接着性を示さないことが認められるから、前者及び後者の各共重合体において、エチルアクリレート単位は樹脂層Aとの接着性に何ら関与するところがないものと推認することができる。
そうすると、同号証の実験結果は、本願発明の樹脂層Bと第1引用例の第2層の、樹脂層Aに対する接着強度の比較を示すものといつて差支えなく、これにより、本願発明の樹脂層Aに対する樹脂層Bの層間接着性は、第1引用例の樹脂層A(第1層)に対する第2層の層間接着性に比して、格段に優れていることが認められるといわなければならない。
また、前掲甲第4号証により、本願発明の積層物における層間接着性を第1引用例の積層物以外のものとの比較で検討するに、樹脂層Aに対する接着強度(単位はg/cm)は、高密度ポリエチレンに無水マレイン酸をグラフト共重合させたグラフト共重合体(酸含有量0.57モル%)の場合(実施例10)800であるのに対し、高密度ポリエチレンにアクリル酸をグラフト共重合させたグラフト共重合体(酸含有量1.14モル%)の場合(比較例14)400であり、右実施例10のグラフト共重合体と低密度ポリエチレンとのブレンド体(酸含有量0.056モル%)の場合(実施例11)1300であるのに対し、右比較例14のグラフト共重合体と低密度ポリエチレンとのブレンド体(酸含有量0.112モル%)の場合(比較例15)720であり、右実施例11のブレンド体中の低密度ポリエチレンの代わりに高密度ポリエチレンを用いた場合(実施例17)1500であるのに対し、右比較例15のブレンド体中の低密度ポリエチレンの代わりに高密度ポリエチレンを用いた場合(比較例22)640であるというように、高密度ポリエチレンにグラフト共重合させる酸(同じミリ当量/g)が2塩基性不飽和カルボン酸である無水マレイン酸の場合(本願発明の樹脂層B)は、それが1塩基性不飽和カルボン酸であるアクリル酸の場合に比して、樹脂層Aに対する接着強度が著しく大きいこと、また、同じく樹脂層Aに対する接着強度(単位はg/cm)は、実施例10の場合(酸含有量0.57モル%)及び実施例11の場合(酸含有量0.056モル%)は、それぞれ800、1300であるのに対し、実施例10における無水マレイン酸の共重合の態様をランダム共重合(酸含有量0.587モル%)に代え、かつ、低密度ポリエチレンとのブレンド体とした場合(比較例17)及び実施例11における無水マレイン酸の共重合の態様をランダム共重合(酸含有量0.067モル%)に代えた場合(比較例16)、いずれも10であるというように、高密度ポリエチレンに無水マレイン酸を共重合させる(ほぼ同じモル%)態様がグラフト共重合である場合(本願発明の樹脂層B)は、それがランダム共重合である場合に比して、樹脂層Aに対する接着強度が著しく大きいことが認められる。
3 被告は、極性基を有するものの接着の基本的な力は2次結合であり、OH基、COOH基(酸基)、NH2基を有する化合物では同種の基同志あるいはOH基とCO基間、NH基とCO基間に起こりうる水素結合により、非常に強固に接着することはよく知られているので、第2引用例の積層物において、第2層のエチレン―無水マレイン酸グラフト共重合体が、第1層のNH基を有するナイロンに対して良好な層間接着性(NH基とCO基間の結合が考えられる。)を有することが知られている以上、右極性基を有するものの接着の基本的な理論からすれば、OH基を有するポリビニルアルコールに対しても、ナイロンに対する場合と同様に接着性が改善されるであろうことは予測できる旨主張する。
(1) 成立に争いのない乙第1号証の1ないし3によれば、本願発明の特許出願前、接着の基本的な力は極性分子による2次結合であり、水素結合を伴えば非常に強固な接着が得られること、水素結合は、OH基、COOH基、NH2基を有する化合物では、同種の基同志あるいはOH基とCO基間、NH基とCO基間に起こりうることが知られていたことが認められるから、本願発明の積層物においても、樹脂層Aの酢酸ビニル系重合体けん化物にOH基が、樹脂層Bのオレフイン系重合体へ2塩基性不飽和カルボン酸をグラフト共重合させたグラフト共重合体に酸基が、それぞれ存在することから、樹脂層Aと樹脂層Bとの間に接着が起こりうることは一応予測できたところというべきである。
しかしながら、前掲甲第4号証、成立に争いのない甲第8号証、第11号証及び弁論の全趣旨によれば、接着のメカニズムについては、右のような一応の接着理論はあるとしても、それが完全に解明されているとはいい難く、実際の積層物における層間接着性は、積層される物質の組合せによつて著しく異なることが認められる。すなわち、甲第4号証(本願発明の特許公報)第6表によれば、エチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物からなる樹脂層Aと無水マレイン酸又はアクリル酸単位を含有する共重合体からなる第2層との積層物における層間の接着強度(単位はg/cm)を比較すると、第2層として、例えば、高密度ポリエチレンに無水マレイン酸をグラフト共重合させたグラフト共重合体(酸含有量0.056モル%)と低密度ポリエチレンとのブレンド体を用いた場合(実施例11)は1300、エチレン―無水マレイン酸ランダム共重合体(酸含有量0.067モル%)と低密度ポリエチレンとのブレンド体を用いた場合(比較例16)は10、エチレン―無水マレイン酸ランダム共重合体(酸含有量0.172モル%)とポリプロピレンとのブレンド体を用いた場合(比較例18)は0、エチレン―アクリル酸ランダム共重合体(酸含有量0.172モル%)とポリプロピレンとのブレンド体を用いた場合(比較例21)は0、というように、第1層としての樹脂層AにOH基が、第2層に酸基が、いずれの場合も存在するにかかわらず、層間の接着強度は、第2層を構成する共重合体の種類いかんによつて著しい差異のあることが認められる。甲第8号証(「日本接着協会誌」1982年第18巻第2号)によれば、エチレン―酢酸ビニル共重合体の実質上完全けん化物を中間層とし、高密度ポリエチレンを外層及び内層とする2種3層構成の積層びんの各層間に、アクリル酸、マレイン酸(95%マレイン酸、残り無水物)、無水マレイン酸(95%無水物、残りマレイン酸)の各一定量をそれぞれグラフト共重合させた高密度ポリエチレンを接着剤として介在させた場合の外層―中間層間及び中間層―内層間の各剥離強度(90度)(接着強度。単位はkg/cm)は、アクリル酸のグラフト共重合体を用いた場合は、それぞれ、0.03ないし0.05、0.02ないし0.08であり、マレイン酸のグラフト共重合体を用いた場合は、それぞれ、0.46ないし0.59、0.42ないし0.51であり、無水マレイン酸のグラフト共重合体を用いた場合は、いずれも1より大であることが認められる。また、甲第11号証(特開昭51―67384号公開特許公報)によれば、エチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物の層に対する接着強度(単位はg/1.5cm幅)は、エチレン―アクリル酸エチル共重合体では、CO基を有するにもかかわらず、25であつて、極性基を有しない低密度ポリエチレンの場合と同じであり、そして、CO基を有するエチレン―酢酸ビニル共重合体及びアイオノマー樹脂ではそれぞれ50、75であり、CO基とOH基を有するエチレン―酢酸ビニル共重合体けん化物では200であることが認められる。
したがつて、成立に争いのない甲第2号証により、本願発明の特許出願前、第2引用例の積層物において、第2層としての、本願発明の樹脂層Bを構成として包含するオレフイン系重合体へ2塩基性不飽和カルボン酸をグラフト共重合させたグラフト共重合体(例えば、エチレン―無水マレイン酸グラフト共重合体)が、第1層としての、NH基を有するナイロンに対して良好な層間接着性を有することが知られていたことが認められるけれども、前示のとおり、実際の積層物における層間接着性は、積層される物質の組合せによつて著しく異なるものであり、これによれば、第1層及び第2層に極性基(例えば、第1層にOH基、第2層に酸基)が存在するからといつて、直ちに、第1層と第2層の接着性が良好であると予測することはできないものといわなければならない。
まして、前記2に説明のとおり、本願発明の樹脂層Aに対する樹脂層Bの層間接着性が、第1引用例の積層物における樹脂層A(第1層)に対する第2層の層間接着性に比して格段に優れ、また、樹脂層Bのグラフト単量体を1塩基性不飽和カルボン酸に代えた場合及び樹脂層Bにおけるオレフイン系重合体への2塩基性不飽和カルボン酸の共重合の態様をランダム共重合に代えた場合に比べて著しく大きいという、本願発明の格別の作用効果は、樹脂層AにOH基が存在し、樹脂層Bに酸基が存在するという事実からは予測しえないものといわなければならない。
(2) この点について、被告は、OH基を有する重合体の層とCO基を有する重合体の層の接着であつても、それらの層を形成する重合体の種類いかんによつてその接着性が異なることを認めながら、第1引用例の第2層であるエチレン―無水マレイン酸共重合体と第2引用例の第2層であるエチレン―無水マレイン酸グラフト共重合体とは、被告の答弁及び主張1(2)(3)のとおり、極めて類似したものであるうえに、ナイロンとの層間接着性の改善という共通の目的で使用されるものであるが故に、第2引用例のエチレン―無水マレイン酸グラフト共重合体が、ナイロンに対して優れた層間接着性を有するという事実が確認されている以上、ポリビニルアルコールに対しても同様に優れた層間接着性を得られるであろうと予測できると主張する。
確かに前示の事実及び弁論の全趣旨によれば、第1引用例の第2層であるエチレン―無水マレイン酸共重合体と第2引用例の第2層であるエチレン―無水マレイン酸グラフト共重合体とは、被告の答弁及び主張1(2)(3)において被告の指摘する一致点があり、ともにナイロンとの層間接着性を向上させるという共通の目的を達成するために使用されるものであることは認められるが、接着のメカニズムは完全に解明されているとはいい難く、実際の積層物における層間接着性は、積層される物質の組合せによつて著しく異なるものであることは前示(1)のとおりであり、そして、前掲甲第2号証、第10号証、成立に争いがない甲第12号証、第13号証及び弁論の全趣旨によれば、エチレン―無水マレイン酸共重合体とエチレン―無水マレイン酸グラフト共重合体とは、化学構造を異にするのはもちろん、製法(前示1参照。)、物性も異にする別の物質であることが認められ、一方、ナイロンとポリビニルアルコールも化学構造を異にすることはいうまでもないから、エチレン―無水マレイン酸共重合体とエチレン―無水マレイン酸グラフト共重合体とが前記の一致点及び共通の目的を有し、かつ、ナイロンに対する接着性において優れているからといつて、後者も、ナイロンに対すると同様に本願発明の樹脂層A(ポリビニルアルコール)に対する接着性において優れていると予測することはできないものといわなければならず、したがつて、被告の右主張は失当である。
(3) また、被告は、本願発明の樹脂層Bは、第2引用例のナイロンとの積層物として本願発明の特許出願前から公知であり、たとえ、OH基を有するポリビニルアルコールに対し優れた接着性を有するとしても、それは、樹脂層B自体の性質に基因するものであるから、容易に予測できる旨主張するが、積層物における層間接着性は、積層される物質の組合せによつて著しく異なるものであること前示(1)のとおりであり、その層間接着性は積層される両方の物質が特定され、組合されてはじめて決まるものであつて、いずれか一方の物質の性質に基因するものとはいえないから、右主張も採用しえない。
4 以上によれば、本願発明は、樹脂層Aに樹脂層Bを積層することにより、従来のこの種の積層物に比べ格段に優れた層間接着性を有するという、各引用例記載の発明からは予測しえない格別の作用効果を奏するものというべきであるから、この点を看過し、本願発明の「積層物の層間の接着性が良好であつたとしても、そのことが特に予期しえないものとは認められない。」とした審決の判断は誤りといわなければならない。
そして、審決は、この判断の誤りの結果、本願発明が各引用例の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたとしたものであるから、審決の結論に影響を及ぼすべき違法の点があるものとして、取消されねばならない。
3 よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(荒木秀一 竹田稔 水野武)